
威勢のいい手締めの音に気圧されて、熊手の前を通り過ぎた年はありませんか。
酉の市は、来る年の開運と商売繁昌を願う市です。十二支の酉が割り当てられた日に立つため、十一月のうちに二度、年によっては三度巡ってきます。その最初の日が一の酉で、三度あるうちでもいちばん人が集まると言われます。
売られているのは、色紙や小判や招き猫を飾りつけた熊手です。買う側と売る側が手を打ち鳴らす音が、夕方の境内に絶えず響いています。まずは、その場に入っていくための段取りから見ていきます。
酉の市(一の酉)がわかる3つのこと
- 買わずに参るだけでも差し支えありません。 熊手は買わなければならないものではなく、社殿に手を合わせて帰る人も大勢います。
- 市は前日の夜から始まります。 酉の日の午前零時に一番太鼓を打って開く社が多く、明け方まで人が絶えません。
- 値切って祝儀を渡す作法があります。 安く買うためではなく、店の人とやりとりを一往復させるための手順です。
一の酉は、いつ何時ごろ行くのがいいか
日付は毎年動きます。十一月に入って最初の酉の日にあたるため、暦を見なければ分かりません。市そのものは前夜から立ち、明け方まで続きます。
いちばん混むのは、仕事帰りの人が集まる夕方から夜です。ゆっくり熊手を見たいなら日中がよく、市の空気ごと味わいたいなら日が落ちてからになります。露店のあかりが入ってからのほうが、熊手の飾りは映えます。 十一月の夜は冷えるので、立ち止まって値を尋ねる時間を考えると、上着は一枚多いくらいがちょうどよいでしょう。
熊手を買う4つの手順
- まず値を尋ねて、値切ります。 店の人と押し合いながら、値を下げてもらいます。
- 下がった値で買います。 ここまでが交渉の形です。
- 値切った差額を、祝儀として店へ渡します。 結果として払う額は、ほとんど変わりません。
- 手締めをしてもらいます。 店の人が威勢よく手を打って景気をつけ、周りの客も一緒に打つことがあります。
値切りは会話の口火で、祝儀はその礼です。金額の交渉に見えて、実際は挨拶を交わすための仕掛けになっています。慣れないうちは戸惑うかもしれませんが、こちらは頭を下げて受け取れば十分です。
なお、この作法は義務ではありません。値札のとおりに買う人もいますし、近年は値切りを受けない店もあります。無理に真似をして場を止めてしまうより、様子を見て合わせるほうが穏やかです。
熊手は、置く場所から先に決める
大きいものほど縁起がよいという言い方はありますが、置き場所に合わない品を買っても手元で扱いに困ります。玄関か、店の壁か、仕事机の上か。先に決めておくと、店先で迷いません。
飾る高さは、目線より上がよいとされます。向きは、入口のほうへ福をかき込む形に置く人が多いようです。どちらも厳密な決まりではないので、家のなかで無理のない場所を選べば足ります。
店先では、飾る場所を伝えてみる
初めて熊手を選ぶなら、「玄関のこのくらいの幅に飾りたい」と置き場所から伝えてみます。家で測った寸法や、壁の写真が一枚あると、大きさを想像しやすくなります。気になる飾りがあれば、何を表しているのか聞いてみてもよいでしょう。値段だけを比べていたときには見えなかった、細工の違いに気づけます。予算に合う候補を幾つか見せてもらい、持ち帰るときの扱いも聞いてから、一枚を選んでみてください。
隣り合う神社と寺で、同じ市が立つ
いまいちばん大きな酉の市は、東京の浅草で立ちます。ここで不思議に見えるのが、鷲神社(おおとりじんじゃ)と長國寺という神社と寺が隣り合い、両方で市が開かれている点です。
もとは一つの場所でした。長國寺には鷲妙見大菩薩(わしみょうけんだいぼさつ)が祀られ、鷲神社の信仰と重なって一体の霊場を成していました。明治の神仏分離、つまり神社と寺を制度として分ける政策によって切り離され、それぞれが酉の市を続けた結果、いまの並びになっています。
参る人の側からすれば、どちらへ寄ってもかまいません。分かれる前の姿を知っていると、鳥居と山門が背中合わせに立つ光景の理由が分かります。新宿の花園神社や府中の大國魂神社でも、それぞれの形で市が立ちます。
農具が縁起物になるまで
ここからは、熊手そのものの来歴です。熊手はもともと農具でした。落ち葉や刈った草をかき集める道具として、収穫祭の市で売られていたものです。
それが「かき集める」という動きの連想から、福や金を集める縁起物として扱われるようになります。花街や水商売の人たちのあいだで人気が出たと説明されることが多く、実用品から飾り物へ寄っていきました。飾りが増え、値が上がり、最後には壁に掛けるためだけの品になる。道具としての形を残しながら、意味だけが移り替わった例です。
鷲大明神へ鶏を奉った市
起こりとして挙げられるのは、いまの東京都足立区花畑にある大鷲神社です。近隣の農民が秋の収穫を祝い、鷲大明神へ鶏を奉納したのが始まりだと伝えられています。
つまり出発点は収穫祭です。金運や商売の話ではなく、実った年への礼として始まりました。奉納された鶏はのちに浅草観音へ放したという話も添えられていて、農村の行事だった時代の姿がうかがえます。
これが江戸の町へ伝わるうちに、性格が変わっていきました。町人の街で立つ市になれば、願いは田の実りより商いの実りへ移ります。同じ十一月の酉の日という枠組みだけが残り、中身が入れ替わったかたちです。
一の酉に買うなら、来年どんなものを集めたいのかを一つ決めてから境内に入るとよいでしょう。人の縁か、腕か、任される仕事か。集めたいものが決まっていれば、熊手の大小より、どの店で買うかのほうが気になってきます。 年々同じ店で買う人が多いのも、そこに理由があります。
二度目の市の使い方は酉の市(二の酉)で、三度目が巡る年の話は酉の市(三の酉)で扱っています。
よくある質問
Q. 熊手の値段はどのくらいですか
手のひらに乗る小さなものは千円台から、店先に大きく飾られているものは数万円以上まで幅があります。初めてなら、小さいものから始めて差し支えありません。値を尋ねること自体は歓迎されるので、遠慮せずに声をかけられます。
Q. 会社勤めでも熊手を買っていいですか
差し支えありません。もとは商いをする人の市でしたが、いまは仕事の成果や家内安全を願って買う人も多くいます。職場に持ち込みにくい場合は、玄関や自室に飾る形でも構いません。
Q. 一の酉と二の酉、どちらに行くべきですか
決まりはありません。人出の勢いを味わいたいなら一の酉、落ち着いて選びたいなら二の酉が向いています。両方に行かなければならないという習わしもないので、都合のつく日を選べば十分です。
出典
- 浅草 鷲神社による酉の市の由来解説
- 足立区花畑の大鷲神社と酉の市の起こりに関する記述
- 熊手および手締めの作法についての一般的な解説