新緑の庭で泳ぐ三匹のこいのぼりと、柏餅・ちまき・湯のみを並べた食卓
包む葉の形や香りから、端午の節句の食卓を楽しみます。
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こいのぼり、兜、菖蒲湯しょうぶゆ、柏餅かしわもち。五月五日にやることが多すぎて、どれから手をつけるか迷いませんか。

五月五日は端午(たんご)の節句です。こどもの日として祝日にもなっていて、男の子の成長を願う日として広く知られています。飾るのはこいのぼりと五月人形ごがつにんぎょう、食べるのはちまきか柏餅、そして湯に菖蒲しょうぶを入れて浸かる。この三つが柱です。

ただし、もとは男の子のための日ではありませんでした。始まりは、香りの強い薬草やくそうで病を遠ざける日です。 旧暦きゅうれきの五月は梅雨と重なり、疫病えきびょうや虫害ちゅうがいが増える時期にあたるため、中国ではこの月を警戒し、薬草を身の回りに置いて身を守る習ならわしが生まれました。まずは、そのいちばん古い部分がそのまま残っている菖蒲湯から見ていきます。

端午の節句がわかる3つのこと

  1. いちばん古い形は菖蒲湯です。 香りで身を守るという考え方が、道具を使わずにいまも続いている部分です。
  2. こいのぼりは町人ちょうにんが始めた飾りです。 武家ぶけの幟に対抗して江戸の町方まちかたが立てたもので、家族分に増えたのは戦後からです。
  3. 食べるものは東西で分かれます。 関西はちまき、関東は柏餅。伝わった順番の違いが、そのまま形に出ています。

菖蒲湯に入る

ここで言う菖蒲は、紫の花が咲くハナショウブとは別の植物です。サトイモ科のショウブで、花は目立たず、葉と根に強い香りがあります。菖蒲湯に使うのはこちらです。花菖蒲を買ってきて湯に浮かべても、香りは立ちません。五月の初めになると、束ねた葉が店先に並びます。

古い形では、この菖蒲と蓬(よもぎ)を屋根や軒に挿し、湯に入れ、酒に浮かべました。薬玉(くすだま)と呼ばれる香料の袋を柱に掛ける習わしも、同じ発想から出ています。軒に挿す家は減りましたが、湯に浸かる形が残ったのは、道具立てが要らないからでしょう。

菖蒲湯を楽しむ4つのこと

  1. 葉は刻まずに束のまま入れます。 細かくすると後始末が面倒になるだけで、香りが強くなるわけではありません。
  2. 湯を張ってからしばらく置きます。 熱い湯に浸けて時間をおくほど、香りが立ちます。
  3. 香りが弱ければ、根に近い部分を軽く折ります。 香りの成分は根元のほうに多く含まれています。
  4. 葉を数本だけ玄関に立てかけておきます。 軒に挿す古い形を、いちばん短くした真似まねになります。

肌の弱い人や小さな子どもには、しみることがあります。長く浸かりすぎない、途中で様子を見る、といった程度の加減で十分です。

こいのぼりと五月人形

こいのぼりは、武家ではなく町人が始めた飾りです。江戸の中ごろ、武家が門前に立てた幟に対抗する形で、町方が戸外こがいに鯉の幟を立てるようになったと伝えられます。

もとになっているのは中国の話です。黄河こうがの上流に竜門りゅうもんと呼ばれる難所があり、そこを登りきった鯉は龍になるという伝承でんしょうがありました。困難を越えた先で身が変わる、という筋立すじだてで、いまも登竜門という言葉に残っています。

最初は真鯉まごいが一匹だけでした。緋鯉ひごいが加わるのは明治以降、子どもの鯉がさらに増えるのは戦後になってからです。家族の人数だけ吊るす形は、比較的新しい習慣ということになります。

五月人形として売られている鎧兜よろいかぶとは、武家が飾った鎧兜が小型化して家のなかへ入ったものです。戦うための道具に見えますが、飾る意味としては身を守る道具という説明が添えられます。攻める力ではなく、傷つかずにいられることを願う。そう読むと、飾る対象を男の子に限らなくてよいことも見えてきます。

ちまきと柏餅、どちらを食べるか

関西ではちまき、関東では柏餅。この分かれ方には、伝わった順番が関わっています。

ちまきのほうが古く、節句とともに中国から入ってきました。楚の詩人・屈原くつげんが汨羅(べきら)に身を投げた日に、人々が米を包んで川へ投げ入れて供養したという伝承が添えられています。京を中心とした地域では、この古い形が保たれました。なお関西でちまきと呼ばれるものは、笹に包んだ餅や外郎(ういろう)で、もち米と具を包む中華ちまきとは別物です。

柏餅は江戸で生まれたとされます。柏の葉は、新しい芽が出るまで古い葉が落ちません。そこから家が絶えない縁起物えんぎものとされ、跡継あとつぎを重んじる武家や商家しょうかに好まれました。関西以西いせいに柏があまり自生じせいしていなかったことも、東西で分かれた理由に挙げられます。どちらでなければならない、という話でもないのです。両方買ってきて食べ比べる日にすると、由来の違いがそのまま味の違いとして残ります。

食卓で、包む葉を見比べる

柏餅とちまきを用意したら、食べる前に包み方を眺めてみます。広い葉でくるんだ柏餅と、細長い葉を束ねたちまき。ほどくときの香りや形にも違いがあります。子どもと一緒なら、どちらを先に開けたいか聞いてみるのも楽しみです。家族が昔食べていたのはどちらだったか、店では何と呼んでいたか。いつものお茶の時間にそんな話を添えると、東西の違いを、自分の家の節句の記憶と重ねて読めます。

菖蒲が「尚武」に読み替えられて

ここからは、この日が男の子の行事になっていった経緯けいいをたどります。

端午とは、もともと月の初めの午(うま)の日を指す言葉でした。それが五の重なる五月五日に固定され、行事の日として残ります。

武家の時代に入ると、菖蒲の音が「尚武しょうぶ」、つまり武を重んじるという語と重なることが注目されました。「勝負」に通じるとも言われます。薬草の行事だったものが、この語呂ごろを足がかりに、男子の成長を願う日へと性格を変えていきました。江戸幕府えどばくふがこの日を公の式日しきじつに定めたことで、武家の作法さほうが広く知られるようになります。玄関前に家紋かもんの幟や旗指物さしものを並べ、鎧兜を飾る。いま家庭にある飾りの形は、ここから来ています。

女性が家にこもる日だったという説

民俗学みんぞくがくの報告には、この日がもともと女性の日だったとする記録があります。田植えを前に、早乙女さおとめとなる若い女性が菖蒲や蓬で葺いた小屋や家にこもり、身を清めて過ごしたというものです。「女の家」「女天下」といった呼び名が各地に残っています。

田の神を迎えるには、田植えに携わる者が事前に身を慎む必要がある。そうした農耕のうこうの物忌ものいみが、薬草で身を清める節句の日と重なった、という説明です。報告のある地域は限られますが、いまの姿からは想像もつかない形が併存へいそんしていたことになります。

なお、一九四八年の祝日法でこの日がこどもの日と定められたときの条文には、母に感謝する、という一節も含まれています。五月五日を誰の日として過ごすかは、思っているより幅のある問いです。

よくある質問

Q. 菖蒲湯には花菖蒲を使ってよいですか

香りを出したいなら、葉菖蒲を選んでください。花の咲くハナショウブは別の植物で、香りがほとんどありません。五月の初めに束で売られているものが、湯に使う菖蒲です。

Q. こいのぼりは何匹用意するものですか

決まりはありません。もとは真鯉が一匹だけの飾りで、家族の人数分に増えたのは戦後の習慣です。ベランダ用の小さなものや、室内に飾る布製ぬのせいのものを選ぶ家も増えました。

Q. 女の子の家で端午の節句をしてもよいですか

もとは薬草で身を守る日だったので、性別で分ける行事ではありませんでした。菖蒲湯に入る、柏餅を食べる、といった過ごし方は誰がしても差し支えありません。

出典

  • 各人形専門店および歳時記さいじきにおける端午の節句と五月人形の由来解説
  • こいのぼりと登竜門伝説りゅうもんでんせつについての民俗みんぞく・美術資料の記述
  • 粽と柏餅の東西差に関する食文化資料の解説
  • 五月忌いみ・女の家についての民俗学的報告の記述