
九月九日の行事と聞いても、すぐには思い浮かばない人もいるでしょう。
九月九日は重陽(ちょうよう)の節句です。ひな祭りや端午の節句と同じ、年に五つある節句のひとつなのですが、雛人形も鯉のぼりも笹飾りも持たないまま、いつのまにか知られない日になりました。別の呼び名を菊の節句といい、主役はその名のとおり菊の花です。
やることは難しくありません。菊を一本買って飾る。菊の花びらを酒や茶に浮かべる。栗ご飯を炊く。この三つのどれかができれば、この日は成り立ちます。まずは食卓と飾りのほうから見ていきます。
重陽の節句がわかる3つのこと
- 菊と栗が、この日の二本柱です。 花を眺め、実りを食べる。それが九月九日のいちばん素直な過ごし方です。
- 主役がはっきりしない節句です。 他の四つが子どもの成長を祝う日になったのに対し、重陽の主題は長寿と成熟でした。
- 秋にもう一度、雛人形を出す習わしがあります。 「後(のち)の雛」と呼ばれ、虫干しを兼ねた実用の面もあります。
菊を食卓にのせる
菊は薬効のある植物とされ、古くから長寿と結びつけられてきました。中国では、この日に菊の花を浮かべた酒を飲み、茱萸(しゅゆ)の実を入れた袋を身につけて高い場所へ登る「登高」という習わしがありました。どれも邪気を退けるための組み合わせです。
いまの家でできるのは、もっと簡単な形です。食用菊なら、そのまま酢の物にしたりお吸い物に散らしたりできます。日本酒に花びらを一枚浮かべれば、それが菊酒です。お酒を飲まない人なら、菊の花を乾かした菊茶が同じ役目を果たします。
重陽の節句に向く4つの過ごし方
- 菊を一本買って、玄関か食卓に置きます。 仏花としての印象が強い花ですが、飾って眺めるぶんには何の差し支えもありません。
- 食用菊を一パック使いきります。 ゆでて三杯酢にすると、色も香りも残ります。
- 十年後も続けていたい習慣を、一つだけ書き出します。 新しく始めるものではなく、いま続いているものを選ぶのがこの日らしい形です。
- 年上の人にひと言だけ連絡を入れます。 長寿を願う日という性格を、いちばん短い形で果たせます。
栗ご飯と、秋の実り
庶民のあいだでは、この日は収穫を祝う日として受け取られていました。栗ご飯を炊くことから栗の節句とも呼ばれ、こちらの名前のほうが通じる地域もあります。
九日を「くにち」「くんち」と読み、秋祭りの名として残っている土地もあります。長崎くんちや唐津くんちの名も、この読みに由来するという説明が知られています。節句としては薄れても、収穫祭のほうは形を変えて生き延びた、と見ることもできます。家では、栗ご飯を炊く、秋なすを食べる、といった献立で受け取れます。
秋にもう一度出す「後の雛」
三月に飾った雛人形を、九月九日にもう一度出す習わしがあります。後の雛と呼ばれ、長寿を願う意味と、虫干しを兼ねた実用が重ねられたものとされます。
近年は各地で復活させる動きがあり、秋に雛を並べる催しを見かけるようになりました。しまいっぱなしの箱を開けて風を通すには、湿度の下がるこの時期がちょうどよい頃合いです。人形を年に一度しか出さないと決めているなら、この習わしを知っておくと選択肢が増えます。
九が重なる日、という意味
ここからは、この節句がどこから来たのかを見ていきます。
中国の考え方では、奇数は陽の数とされます。九はその陽の数のなかで最も大きく、それが月と日で重なるので重陽。名前の作りは他の節句と同じです。
ただし、めでたい数が重なる日は、同時に危うい日でもあると考えられていました。陽の気が満ちすぎるとかえって崩れやすい、という見方があったからです。だからこそ、祝う所作と祓う所作の両方が伴いました。菊酒も茱萸の袋も、そのための道具です。
日本では平安の宮中に入り、菊花の宴として行われます。詩を作り、菊酒を酌む。江戸に入ると幕府がこの日を式日に定め、武家が登城する日となりました。
菊の露を移した綿
宮中の習わしで印象に残るのが被綿(きせわた)です。前の晩に菊の花へ真綿をかぶせておき、夜露と香りを吸わせる。翌朝、その綿で体を拭うと老いを遠ざけられるとされました。『枕草子』にも、この綿をめぐる場面が出てきます。
花の上で一晩過ごした綿というだけの、たったそれだけの道具立てなのですが、露を集めるという発想には替えの利かない美しさがあります。菊が用意できなくても、考え方のほうは残せます。夜のうちに何かを置いておいて、朝に受け取る。翌朝の自分に渡すものを前の晩に用意しておく、という形なら真似できます。
なぜ忘れられていったのか
理由はいくつか重なっています。
ひとつは暦です。旧暦の九月九日は、いまの十月の中ごろにあたりました。菊が見ごろを迎え、栗も出そろう時期です。新暦の九月九日では菊も栗もまだ早く、行事の道具立てが季節と合わなくなりました。他の節句が季節と少しずれても成り立ったのに対し、重陽は主役の花と実がそろわないという痛いずれを抱えたわけです。
もうひとつは制度です。明治六年に節句が公の式日から外されました。他の四つは子どもの成長を祝う行事として家庭に受け皿がありましたが、重陽は誰が主役なのかが分かりにくく、家の行事として続ける理由が立ちにくかったと考えられます。旧暦の九月九日が農作業のいちばん忙しい時期にあたったことも、続きにくさに重なりました。
長寿を願う日と聞くと高齢の家族のための行事に思えますが、そう限らなくてもよいでしょう。長く続いているものに手をかける日、と読み替えれば、使い道はいくらでもあります。何年も同じ人と続いている関係、途切れずにやってきた仕事、細く続けている習慣。新しく始めることばかりが節目ではありません。
暮らしの中で試すなら
続けてきた習慣を一つ書くなら、「いつから」と「どんな日に助けになったか」を添えます。例えば、忙しい日にも短い散歩を残してきたなら、その歩く時間を今の予定にも置いてみます。長寿を願う節句を、長く付き合ってきたものへ手をかける日にしてもよいでしょう。
よくある質問
Q. 重陽の節句には何を食べるのが定番ですか
菊を使ったものと栗を使ったものが定番です。食用菊の酢の物、菊の花びらを浮かべた酒や茶、栗ご飯。どれか一つでかまいませんし、旬の秋なすを添える土地もあります。
Q. 菊は仏花の印象があるのですが、飾ってよいのでしょうか
差し支えありません。もともと長寿と結びつけられてきた花で、この日は薬草として扱われてきた性格のほうが前に出ます。小ぶりのスプレー菊なら食卓にも置きやすくなります。
Q. 九月九日に雛人形を出すのは何のためですか
長寿を願う意味と、箱に入れっぱなしの人形へ風を通す意味が重ねられています。湿度の下がる時期なので、翌年のためにも状態を確かめておくとよい頃合いです。
出典
- 各歳時記における重陽の節句・菊酒・被綿の解説
- 『枕草子』における被綿の記述
- 明治六年の節句廃止と新暦移行による季節のずれについての解説
- 長崎くんち・唐津くんちの名称と九日の読みに関する記述