
雛人形を出す日と、しまう日。毎年どこかで迷っていませんか。
三月三日はひな祭り、別の呼び名を桃の節句といいます。雛人形を飾り、菱餅やちらし寿司を並べ、はまぐりの吸い物を添える。女の子の成長を祝う日として広く親しまれている行事です。
ただ、この日のもとの姿は祝いではなく、身についた災いを人形へ移して外へ送り出す「祓い」でした。いま鳥取県の用瀬などに残る流し雛のほうが、じつは古い形に近いとされます。 段飾りと流し雛はまるで別の行事に見えますが、根はひとつです。まずは当日の飾りと食卓から順に見ていきます。
ひな祭りがわかる3つのこと
- 飾るもの、食べるもの、しまう日の三つを押さえれば足ります。 段の数や人形の格は、置ける場所に合わせて選べば十分です。
- 男雛と女雛の左右は、二通りあります。 関東でよく見る並びと、京都を中心とした並びが逆になっているだけで、どちらかが間違いということはありません。
- もとは人形を川へ流す日でした。 飾って眺めるものになったのは江戸時代からで、行事の歴史のなかでは新しい形です。
何を飾るか。人形の並べ方と左右の入れ替わり
いちばん上の段に置く男雛と女雛は、向かって左に男雛を据えるのが関東でよく見る並べ方です。京都を中心とした地域では、これが逆になります。
古い作法では、左を上位とする考え方から、向かって右に男雛を置くのが本来の形だったとされます。入れ替わった理由としては、大正天皇の即位の礼で西洋式の並びが用いられ、それにならって人形の配置も変わったという説明が知られています。京都では古い並びが保たれたため、いまも二通りが併存しています。買った店の説明書きに従えば迷いません。実家と違う並びで飾られていても、どちらかが誤りという話ではないわけです。
雛人形を飾るときの4つの目安
- 出すのは立春から二月中旬あたりが目安です。 前の日に慌てて出すより、二週間ほど眺められる日を選ぶほうが気持ちが乗ります。
- 手袋をして顔まわりに触れないようにします。 皮脂の跡は後から落ちにくく、人形の傷みの元になります。
- 直射日光と暖房の風が当たらない場所へ置きます。 色あせと乾燥は、湿気と並んで人形の敵です。
- 箱と小道具の入れ方を写真に撮っておきます。 翌年しまうときに、この一枚がいちばん役に立ちます。
小さな親王飾りやケース入りの人形でも、この日の意味は変わりません。段飾りを置ける家のほうが少ないので、飾る場所に合わせて選ぶのがふつうの形になっています。
何を食べるか。菱餅、はまぐり、白酒
食卓に並ぶものにも、それぞれ言い分があります。
菱餅の三色は、下から緑・白・桃と重ねるのが一般的です。緑は蓬(よもぎ)、白は菱の実、桃はクチナシで色を付けたものが多く、それぞれ健やかさ、清らかさ、魔除けといった意味が当てられます。ただし色の順序も意味の当て方も土地によって差があり、二色や五色で作る地域もあります。
はまぐりの吸い物は、二枚貝の性質にちなみます。はまぐりの殻は、もとの相方以外とはぴったり合いません。そこから、よい縁を願う食べ物として供えられてきました。
気をつけたいのが白酒です。みりんや焼酎に蒸した米と麹を仕込んだ酒で、アルコールを含みます。子どもに出すのは甘酒のほうなので、家に小さい子がいる場合は買うときにラベルを確かめておくと安心です。ちらし寿司は比較的新しく定着した献立とされ、彩りのよい寿司を祝いの席に出す習慣が、この日と結びついたものと見るのが自然でしょう。
いつしまうか。婚期が遅れるという言い伝え
雛人形をしまうのが遅れると婚期が遅れる。よく聞く話ですが、古い典拠は確認されていません。明治以降に広まった、しつけの文句に近いものと説明されることが多い言い伝えです。
現実的な理由のほうは、はっきりしています。人形の敵は湿気です。三月の後半から雨が増えるため、天気のよい乾いた日を選んで早めにしまうほうが傷みません。急いでいる日に無理やり詰めると、かえって傷つけます。晴れて空気の乾いた日を待って、それが数日後になっても差し支えありません。しまい忘れて焦る必要はない、と考えておくくらいがちょうどよいはずです。
三月三日は、人形を川へ流す日だった
ここからは、雛人形が飾りものになるまでをさかのぼります。
上巳(じょうし)とは、三月の最初の巳の日のことです。中国では、この日に水辺へ出て身を清める習わしがありました。流れに杯を浮かべて歌を詠む曲水の宴も同じ日に結びついていて、水に託して穢れを流すという発想が根にあります。のちに日付は三月三日へ固定されました。
日本に入ってからは、人形(ひとがた)や形代(かたしろ)と呼ばれる紙や草の人形に穢れを移し、川や海へ流す形が定着します。厄を身代わりに引き受けてもらうという考え方で、大祓の行事にも同じ発想が使われています。
これとは別に、平安時代の宮中には「ひいな遊び」がありました。紙の人形と小さな道具でままごとのように遊ぶもので、『源氏物語』や『枕草子』に描写が見えます。祓いの人形と、遊びの人形。性格の違うこの二つが重なって、上巳の節句として結びついていきました。
飾るものへ変わったのは江戸時代です。幕府が上巳を含む節句の日を式日として定め、公の行事に位置づけたことで、町方にも広がりました。人形の作りは年を追って豪華になり、内裏雛だけだったものが三人官女や五人囃子を伴う段飾りへ育っていき、流すには惜しい品になった、というのが飾りものへ移った実際の事情でもあります。
なぜ桃の節句と呼ぶのか
桃の節句という呼び名は、この時期に桃が咲くことに由来すると説明されます。ただ、新暦の三月三日にはまだ早く、実際に咲きそろうのは一か月ほど先です。旧暦の三月三日は今の四月上旬にあたり、そちらなら桃の盛りと重なります。
もうひとつ、桃には邪気を払う果樹という位置づけが古くからありました。中国の伝承に由来するもので、鬼を退ける力があるとされてきた木です。日本の神話にも、追ってくるものに桃を投げて退ける場面が出てき、桃太郎が桃から生まれる筋立ても、この系譜に連なるものとして語られます。つまり桃は、季節の花であると同時に祓いの道具でもありました。上巳の性格とよく合う植物だったわけです。
四月に祝う土地がある理由
東北や北陸、信越の一部では、三月三日ではなく四月三日に雛を飾ります。月遅れと呼ばれる考え方で、旧暦の季節感に近づけるための調整です。雪深い地域では、三月上旬はまだ冬の景色のなかにあります。
旧暦のまま日を決める土地もあり、その場合は年によって日付が動きます。どれが正しいという話ではなく、暦の切り替えに対する土地ごとの折り合いの付け方です。祖父母の家と自分の家で時期が違う、ということも起こります。
誰のための日として使うか
女の子の行事という受け取り方が定着していますが、上巳の祓いはもともと性別で分けられたものではありませんでした。身を清め、災いを送り出す。その一点に絞れば、この日は誰が使ってもかまいません。
- 花を一輪だけ買って、玄関か食卓に置く
- 肌に触れるものを一つ新しくする
- 湯にゆっくり浸かって、その日は早く休む
- 抱えたままの気がかりを紙に書き、丸めて捨てる
最後のひとつは、流し雛の考え方をそのまま持ってきたものです。紙に書いて手放す動作には、頭のなかに置いたままだったものを外へ出す働きがあります。書いたものを読み返さずに処分できるので、日記や手帳とは役割が違います。
子どものいる家では、人形を出す作業そのものを一緒にやると意味が伝わりやすくなります。この人形は身代わりになってくれる存在で、飾って終わりではない。そう説明しておくと、片づけの日にも理由が立ちます。秋にもう一度雛を出す重陽の節句の習わしもあり、年に二度この人形と向き合う土地もありました。
暮らしの中で試すなら
箱を開けたら、まず中の並びを撮り、小道具を置くための布を一枚広げておきましょう。飾り終えた姿も一枚残しておくと、片づけるときに道具の数を確かめられます。子どもと一緒なら、花を選ぶ、空箱をまとめるなど任せられる役を一つ。毎年同じ人だけが支度を抱えずに、祝いの時間を分け合えます。
よくある質問
Q. 雛人形は誰が買うものですか
母方の実家が用意する形が広く知られていますが、地域差が大きく、両家で分ける家も、自分たちで選ぶ家も増えています。置ける大きさが先に決まるので、飾る場所を確かめてから相談するほうが話が早くなります。
Q. 三月三日を過ぎてから片づけても大丈夫ですか
湿気の少ない晴れた日を選ぶほうが人形は長持ちします。数日待って乾いた日にしまうほうが、あわてて当日に詰めるより結果はよくなります。
Q. 男の子の家でも桃の節句をしてよいですか
もとは性別で分けられた行事ではありませんでした。身を清めて災いを送り出す日として受け取れば、家族の誰が過ごしてもかまいません。花を飾り、旬のものを食べるだけでも形になります。
出典
- 各人形専門店および日本人形協会による上巳の節句と雛人形の由来解説
- 『源氏物語』『枕草子』における「ひいな遊び」の記述
- 鳥取県用瀬ほか各地の流し雛行事の案内
- 江戸幕府による節句の式日制定に関する史料の記述