
お彼岸に供えたもの、いつ下げればいいのか迷ったことはありませんか。
彼岸明け(ひがんあけ)は、春分の日を挟んだ七日間の最後の一日。春分の三日後なので、三月二十三日ごろにあたります。法要や墓参りは真ん中の日に集まりやすいため、この日を気にかけている人はあまり多くありません。
けれど実際には、この日に供えたものを下げ、道具を元へ戻す作業が残っています。 向こう岸を彼岸と呼ぶなら、私たちが暮らしているのは此岸(しがん)、こちら側の岸です。七日のあいだ向こう岸のほうを向いていた目を、また自分の生活へ戻す。明けの日をそう受け取ると、やることがはっきりしてきます。
春の彼岸明けがわかる3つのこと
- 供え物を下げて、家族でいただく日です。 下げたものを食べることを「お下がり」といい、そこまでが一続きの作法とされます。
- 墓に残してきたものがないか確かめる日でもあります。 花や食べ物を置いたままにすると、鳥や虫が集まります。
- 中日を外して墓参りをするなら、この日がねらい目です。 霊園はたいてい空いていて、掃除の時間をゆっくり取れます。
供えたものを下げる
迷いやすいのが、供え物をいつ下げるかです。日持ちのしないものはその都度、菓子や果物は期間の終わりに下げる、というのが穏やかな扱いとされます。下げたものは捨てずにいただくのが基本で、仏に供えたものを家族で分けて食べるところまでが作法に含まれます。
明けの日にする4つの片づけ
- 菓子や果物を下げて、その日のうちにいただきます。 傷む前に下げるほうが、結局は供えた意味に沿います。
- 傷んだ花を抜き、花立てを洗って水を替えます。 ぬめりが残ると次の花が早く傷みます。
- 線香の灰をならし、燃え残りを取り除きます。 灰が固まっていれば、ふるいにかけると立てやすくなります。
- 出していた仏具や掛け軸を、元の場所へ返します。 どこに戻したか、写真を一枚撮っておくと翌年が楽です。
次のお彼岸の支度も少しだけ
片づけながら、足りなくなったものを一つのメモにまとめておくと、秋の支度につながります。線香の残り、花立ての置き場所、使った掃除道具。買い足すものと戻すものを分けて書けば、次に開くとき迷いません。家族と分担している場合は、片づけた場所も伝えておきます。お下がりをいただいたあとに五分だけ時間を取り、七日間の終わりを、半年後へ渡す小さな支度にしてみてください。
墓に置いてきたものはどうなるか
墓に供えた花や食べ物を置いたままにすると、鳥や虫が集まり、隣の区画にも迷惑がかかります。管理事務所が回収する霊園もあるので、規則を一度確かめておくと次の年から迷いません。持ち帰るつもりで行くなら、袋を一枚多く入れておくだけで済む話です。
卒塔婆(そとば)を立てた場合は、いつまで置いておくか、古いものをどう引き取ってもらうかを、このときにお寺へ聞いておくと次からの手間が減ります。
行けないまま終わったとき
仕事や体調のせいで墓参りに行けないまま期間が終わることは、よくあります。彼岸を過ぎたら手を合わせてはいけない、という決まりはありません。日を改めて出かければ足りますし、行けない年は家で写真の前に座るだけでもかまいません。
明けの日に墓へ行くという選び方もあります。中日の前後は駐車場も水汲み場も混みますが、明けの日はたいてい静かです。ゆっくり掃除をしたい人には、むしろ都合のよい一日になります。
「暑さ寒さも彼岸まで」の頃合い
「暑さ寒さも彼岸まで」という言い方があります。春の彼岸を過ぎると寒さがゆるむ、という体感を短くまとめた言葉で、明けの前後にちょうどその変わり目が来ます。厚手の上着をしまうきっかけにする人もいます。
農事のほうでは、少し厳しい言い方も伝わっています。「彼岸過ぎての麦の肥(こえ)」は、彼岸を過ぎてから麦に肥料をやっても間に合わない、つまり時機を逃すと手をかけても効かないという意味のことわざです。供養と直接つながるわけではありませんが、この時期が農作業の節目として意識されてきたことは、こうした言葉に残っています。
六日間の行いを振り返る
彼岸の七日間には、中日を除く六日を六波羅蜜(ろくはらみつ)という六つの行いにあてる考え方があります。ほどこす、決まりを守る、耐える、努め続ける、心を静める、正しく見る。この六つを日ごとに割り振る組み立てです。
もっとも、六日全部を意識して過ごせた人は少ないはずです。明けの日は、それを責めるための日ではないのです。人に何かを譲れた日が一日でもあったか、腹を立てずに済んだ場面があったか。思い当たるものが一つあれば十分で、なければ半年後の秋にもう一度巡ってきます。年に二度あるというのは、この行事の親切な設計だと思います。
宗派で「明け」の意味が変わる
浄土真宗のように、この期間を追善のためではなく仏法に触れる機会として案内する立場では、墓参りの有無で供養の出来を測る発想をとりません。明けの日に問われるのも、どれだけ手を合わせたかではなく、聞いた話をどう受け取ったかになります。
家の宗派の考え方に沿えば十分でしょう。四月からの生活が動き出す前に、この日が置かれているのは都合のよいところです。新しい年度の予定を書き込む前に、期間中に思い出した人の名前を一つだけ手帳の端に書いておく。そのくらいの残し方が、続けやすい形だと思います。期間の入り方と、彼岸という言葉そのものの由来についてはお彼岸入り(春)で扱っています。
よくある質問
Q. 仏壇の供え物は、明けの日にまとめて下げてよいですか
生ものは早めに、菓子や果物は期間の終わりに下げる形が広く行われています。傷んでから下げるより、食べられるうちに下げるほうが供えた意味に沿います。
Q. 下げたお供えは食べてもよいのでしょうか
食べるのがふつうの扱いです。「お下がり」と呼ばれ、家族で分けていただくところまでが一続きの作法とされています。
Q. 彼岸を過ぎてから墓参りに行っても意味はありますか
あります。期間を外したら手を合わせてはいけない、という決まりはありません。混雑を避けて明けたあとに出かける人もいます。
出典
- 各宗派による彼岸会と六波羅蜜についての解説
- 農事にまつわることわざを収めた辞典類の記述
- 霊園や寺院が示す供え物と墓参りの案内