冬の寺院で、横たわる釈迦を描いた大きな掛け軸を見る二人
絵全体を見てから、周りの人物や生き物へ目を移してみる。
絵を大きく見る

二月の中ごろ、お寺の本堂ほんどうに見上げるほど大きな絵が掛かっているのを見かけたことはありませんか。

涅槃会(ねはんえ)は、お釈迦しゃかさまが亡くなった日をしのぶ行事です。 多くのお寺では二月の中旬ちゅうじゅんに営まれ、この日だけ涅槃図(ねはんず)という一枚の絵が本堂に掛けられます。横たわるお釈迦さまと、それを囲んで嘆く弟子や生き物たちが描かれた、大きな絵です。

誕生を祝う花まつり、悟さとりを開いた日を記念する成道会(じょうどうえ)と合わせて、三つで三仏会(さんぶつえ)と呼ばれます。お釈迦さまの生涯しょうがいの節目ふしめを、一年のうちに三度受け取る仕組みになっているわけです。まずは、この日いちばんの見どころである涅槃図から見ていきます。

涅槃会がわかる3つのこと

  1. 年に一度だけ絵が公開されるお寺が多くあります。 暦の行事というより、一年に一度の展示のような機会にもなっています。
  2. 二月に営むお寺と、三月に営むお寺があります。 伝わっている日付が旧暦きゅうれきの二月十五日なので、そのまま新暦しんれきに合わせるか、ひと月遅らせるかで分かれます。
  3. 団子をまく習ならわしが各地に残っています。 まいた団子を持ち帰り、身につけたり食べたりして無病息災むびょうそくさいを願う形です。

涅槃図という一枚の絵

涅槃図の中央には、沙羅双樹(さらそうじゅ)という木の下で、頭を北へ、顔を西へ向け、右脇みぎわきを下にして横たわるお釈迦さまが描かれます。その周りを、十人の高弟こうていや菩薩ぼさつ、天の神々かみがみ、さらに獣や鳥や虫までが取り囲んで嘆いている、という構図です。

人だけでなく生き物が総出そうでで描かれるところが、この絵の大きな特徴になっています。文字を読めない人にも、その日に何が起きたのかがひと目で伝わる。涅槃図が長く受け継がれてきた理由は、そのあたりにあります。

涅槃図を見るときの4つの見どころ

  1. お釈迦さまの向きを確かめます。 頭が北、顔が西。亡くなった人を北枕きたまくらに寝かせる習わしは、この姿にさかのぼると説明されます。
  2. 隅にいる生き物を数えます。 象や虎から、鼠や虫まで描き込まれていることがあります。
  3. 雲に乗って降りてくる姿を探します。 天から駆けつける母の摩耶夫人まやぶにんが描かれている図もあります。
  4. 絵の大きさを体で感じます。 天井近くまで届く大きなものもあり、間近で見上げると細部まで確かめられます。

平安のころには、山階やましな寺、のちの興福寺で営まれた涅槃会が知られていました。常楽じょうらく会(じょうらくえ)という呼び名で続けられてきたお寺もあります。

全体を見てから、気になった一つを探す

涅槃図の前では、まず少し離れて絵全体の大きさと中央の姿を見てみます。その後、見られる範囲で周囲の生き物へ目を移すと、人物の多さに戸惑とまどわずに済みます。寺院じいんの説明があれば、気になった一つと読み合わせてみましょう。同行者と見終えた後に、最初に目に入ったものを話すのも、同じ絵の違う見方を知るきっかけになります。

団子をまく行事

各地に伝わっているのが、涅槃ねはん団子と呼ばれる小さな団子をまく行事です。まいた団子を持ち帰って身につけたり、粉にして食べたりする習わしが添えられ、無病息災を願う地域の集まりとして続いてきました。

色とりどりに染めた団子を配るところもあります。子どもが集まる行事になっている土地もあり、しめやかな法要とはまた別の顔を見せます。

二月と三月に分かれるわけ

お釈迦さまが亡くなった日として伝わっているのは、旧暦の二月十五日です。新しい暦に切り替えたとき、日付をそのまま二月十五日として受け取ったお寺と、旧暦の季節感に近づけてひと月遅らせ、三月十五日に営むお寺の両方が生まれました。

法要の中身にも幅があります。別れを確かめる日として営むお寺もあれば、残された教えを読む時間に充てるお寺もあります。どちらに重きを置くかは、宗派しゅうはや住職じゅうしょくの考え方で違ってきます。参拝さんぱいを考えているなら、菩提寺ぼだいじや近所のお寺の掲示を先に見ておくと確実です。

「涅槃」という言葉が指すもの

涅槃は、古いインドの言葉であるサンスクリット語の「ニルヴァーナ」を漢字で写したものです。もとの意味は、火が吹き消された状態を指します。

仏教では、燃え続ける欲や怒りの火が静まった境地きょうちの呼び名として使われます。つまり涅槃という言葉そのものは、消えてなくなることよりも、静けさに近い意味を持っています。この日が別れの日でありながら、暗いだけの行事にならないのは、言葉のもとの意味がここにあるからです。

最後に説かれたとされる言葉

涅槃会の法話ほうわでよく引かれるのが、亡くなる前に説かれたと伝わる教えです。誰かに頼るのではなく、自らを灯とし、法を灯として歩むように、という趣旨しゅしで語り継がれてきました。依った経典きょうてんによって言い回しには違いがあります。

師がいなくなったあとどうすればよいのか、という弟子の問いへの答えとして置かれている点が、この日の性格をよく表しているところです。残された側に判断を委ねる言葉なので、しのぶ日でありながら、聞く側の姿勢が問われる日にもなります。お寺の法話が別れの話だけで終わらないのは、そのためでしょう。

家でできること

特別な支度したくは要りません。線香を一本立てて、煙が細くなるまで座っている。それだけでこの日らしい時間になります。仏壇ぶつだんや写真の前で手を合わせる、読みかけの仏教の入門書をこの日だけ開いてみる。そのくらいで十分です。

瞑想のように形の決まった方法を選んでもよいのですが、座り方や長さにこだわらなくても差し支えありません。身近な人を亡くしたばかりの人にとっては、涅槃図を見るのがつらい日にもなります。無理に参列さんれつしなくてかまいません。誕生を祝う花まつりと対になる日として、一年のうちに二度、お釈迦さまの生涯の両端に立ち会う機会があると考えると、この行事の置かれた位置も見えてきます。

よくある質問

Q. 涅槃図はいつでも見られますか

年に一度、涅槃会の日だけ掛けるお寺が少なくありません。数日のあいだ公開するところもあるので、拝観はいかんできる日程を先に確かめておくと確実です。

Q. 檀家でなくても涅槃会に参列できますか

一般の参拝を受け入れているお寺が多くあります。法要の時間と、拝観できる範囲を掲示や電話で確かめておけば、初めてでも困りません。

Q. 涅槃団子はどう扱えばよいですか

お守りとして持ち歩く、粉にして食べる、家の入口に置くなど、土地によって扱いが違います。配られるときに説明が添えられることが多いので、その場で聞いてしまうのがいちばん確かです。

出典

  • 各宗派における三仏会(降誕会ごうたんえ・成道会・涅槃会)の解説
  • 涅槃図の構図と頭北面西ずほくめんさいに関する寺院の説明
  • 大般涅槃経に伝わる入滅にゅうめつの記述