早春のまだ苗のない田と梅の枝、木々の間に見える遠い鳥居
実りを待つ田を眺めながら、一年の手入れを考える日です。
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二月の神社に貼り出された「祈年祭きねんさい」の三文字を、読み方が分からないまま通りすぎたことはないでしょうか。

祈年祭は、その年の五穀豊穣ごこくほうじょうと、国と人の安泰あんたいを祈って全国の神社で営まれる祭りです。二月十七日が祭日さいじつで、伊勢神宮いせじんぐうでも同じ日から祭典が始まります。地域の神社では単に春祭りと呼ばれ、氏子うじこ(うじこ、その社が守る地域に住む人)が集まる土地も多くあります。

読み方は二つあります。音読みでは、きねんさい。古い読みでは、としごいのまつり。願うほうの「祈念きねん」ではなく、年を祈る、と書きます。 田にまだ何もない時期に、これから始まる一年ぶんの実りを先に願う日です。

祈年祭がわかる3つのこと

  1. 氏神うじがみの春祭りが、これにあたります。 名前を知らないまま参列さんれつしていた、という人も少なくありません。
  2. 一般の参列を受け付ける社があります。 前もって社務しゃむ所に問い合わせると、当日の時刻や服装を教えてもらえます。
  3. 日付は毎年動きません。 太陽の位置でも干支えとの巡めぐりでもなく、制度で決められた祭日なので、二月十七日で固定されています。

氏神の春祭りに、参列できるのか

社によります。氏子総代そうだいや地域の役員だけで営む社もあれば、参列を広く受け付ける社もあります。表に案内が出ていないことも多いので、加わってみたい人は電話で尋ねるのが早い方法です。

参列しない場合でも、その日に手を合わせるだけで差し支えありません。露店ろてんが並ぶような賑にぎわいとは性格が違うので、境内けいだいは普段より静かなくらいです。祭典の時刻を外して参れば、いつもどおりの参拝さんぱいができます。

境内で何が行われているか

外から見ていると、祭典そのものは淡々と進みます。

  • 神職しんしょくが祝詞(のりと)を奏上そうじょうします。祝詞は、神へ申し上げる言葉を古い文体で整えたものです
  • 神饌(しんせん)を供えます。神饌は、米、酒、塩、水、その土地の産物といった供え物のことです
  • 玉串(たまぐし)を捧げます。榊さかきの枝に紙垂(しで)という白い紙をつけたもので、参列した人が一人ずつ神前しんぜんに供えます
  • 祭典のあとに直会(なおらい)を開く社もあります。直会は、神事のあとに参列者で供え物をいただく席のことです

直会まで含めて一続ひとつづきの神事です。神へ供えたものを人が下げていただくところで、その日の祭りが締まります。

何も実っていない時期に見直す4つのこと

祈年祭は、手元に見せられる収穫が何もない時期の祭りです。自分の暦に置くなら、年明けに始めたことを点検する日にすると合っています。

  1. 一月に決めたことを、書いた紙ごと出してきます。 一か月半でどこまで動いたかを見ます。
  2. 成果ではなく、手入ていれの具合だけを見ます。 芽が出ていないのは当然の時期です。
  3. 道具と資料を整えます。 使う道具を研ぎ、机の上の紙を並べ直します。
  4. 人に会う予定を先に入れます。 収穫の話をする前に、収穫が起きる場所をつくる作業です。

としごいの「とし」が指していたもの

年という字は、いまは時間の単位として使われますが、古い日本語の「とし」は稲の実りそのものを指していました。稲が一度実って、次に実るまでの周期が、そのまま一年という長さになった、という順序です。

そう読むと、この祭りの名前は「実りを乞う祭り」という意味になります。年月の年を祈っているのではなく、穂に入る米を乞っている。稲作いなさくを暦の骨格にしてきた土地の言葉づかいが、祭りの名にそのまま残っています。

律令の時代から置かれてきた祭日

記録をたどると、七世紀後半の天武てんむ天皇の時代にはすでに行われていたことが分かります。大宝たいほう元年の律令りつりょうにも名が見えるため、国の祭祀さいしとして制度に組み込まれたのは、かなり早い段階です。

もともとは民が田の神を祀った春の行事で、そこへ中国の祈穀の儀礼ぎれいが重なって国家の祭祀になったと説明されます。旧暦きゅうれきでは二月四日が祭日でしたが、明治の改暦かいれきを経て二月十七日に定められ、それが現在まで続いています。

京の朱雀門すざくもんで行われていた祓の儀式と違い、祈年祭は各地の社で同時に営まれる形をとってきました。土地ごとの田の神への祈りと、国全体の祈りが、同じ日に重なっている祭りといえます。

先に祝ってしまう、予祝という作法

祈年祭の周辺には、予祝(よしゅく)と呼ばれる考え方があります。収穫がまだ先のうちに、豊作になった状態を先に演じてしまう作法さほうです。

田を耕し、苗を植える所作しょさを境内で再現する。稲がよく実った年の様子を、囃子はやしや台詞せりふで言い立てる。供えた餅や粥で、その年の作柄さくがらを占う。奈良の飛鳥坐神社あすかにいますじんじゃのおんだ祭や、各地に残る田遊たあそびがこの系統けいとうにあたります。

ただし、これを「思い描けばそうなる」という話に短くしてしまうと、もとの姿から離れます。予祝の場では、演じたあとに実際の田仕事たしごとが待っていました。 演じることと働くことが分かれていないところが、この作法の要です。

祈る祭り、捧げる祭り、共にいただく祭り

神社本庁じんじゃほんちょうは、二月の祈年祭と十一月の新嘗祭にいなめさいを一対いっついとして説明しています。春に実りを祈り、秋の終わりに実りを感謝する。同じ稲をめぐる祭りですが、向きが逆です。

さらに伊勢神宮では、その年の初穂はつほを天照大御神あまてらすおおみかみへ捧げる神嘗祭かんなめさいが十月にあります。祈る、捧げる、共にいただく。三つの局面が、それぞれ別の祭りとして年のなかに置かれているわけです。どれかひとつが本体で、残りが付属という関係ではありません。

立春を過ぎて日が長くなり始めたころ、田はまだ動いていません。それでも祈るところから一年を始める、という順番が決められている点に、この祭りの性格が出ています。

暮らしの中で試すなら

参拝から帰ったら、食卓の米や野菜がどこから来たのか、袋の産地表示を一つ見てみましょう。春に祈る実りが日々の食事につながっている、と身近に考えるきっかけになります。秋にまた同じ神社を訪ねる予定を残しておけば、祈る季節と感謝する季節を一続きに眺められます。

よくある質問

Q. 祈年祭に参列するとき、服装の決まりはありますか

社によりますが、参列を受け付ける祭典では、襟のある服など改まった装よそおいを求められることがあります。玉串を捧げる場面で立ったり座ったりするため、動きやすさも要ります。問い合わせるときに、服装と所要しょよう時間を一緒に聞いておくと安心です。

Q. 農業に関わっていなくても、祈って意味がありますか

この祭りは五穀豊穣だけでなく、国と人の安泰も祈り、田を持たない人にとっては、この一年の仕事や暮らしが実るように願う日と受け取れます。実際、田のない都市部の神社でも同じ日に祭典が営まれています。

Q. 初穂料は納めたほうがいいですか

参列するかどうかで変わります。祭典に加わる場合は、初穂料(はつほりょう)という名目めいもくで、供物くもつに代わる金銭を納めるのが一般的です。初穂料は、その年に初めて実った稲を神へ供えた習ならわしから来た言葉です。金額の目安も、尋ねれば社が教えてくれます。

出典

  • 神社本庁による祈年祭および新嘗祭の解説
  • 大宝令・延喜式えんぎしきにみえる祈年祭の記述
  • 各地の田遊び、おんだ祭などの予祝儀礼に関する民俗みんぞく研究