
祭りというのは当日だけのもの、と思っていないでしょうか。
秋の神御衣祭(かんみそさい)は十月十四日、伊勢神宮の内宮と荒祭宮で営まれます。奉られる絹と麻の反物は、その日に用意されるものではありません。十月の初日から半月ほどかけて、神宮とは別の場所で手織りされたものが運ばれてきます。
織る場所が決まっていて、織り始めと織り終わりにも祭りがある。そこまでを含めて一続きの神事です。機殿(はたどの)とは、機(はた)を据えて布を織るための建物のこと。春も同じ手順を踏みますが、その機殿の側に目を向けると、この祭りの成り立ちが見えてきます。
神御衣祭(秋)がわかる3つのこと
- 布は伊勢の外で織られます。 三重県松阪市にある二つの社が、絹と麻をそれぞれ受け持ちます。
- 織り手は地元の有志です。 機械ではなく古式の織機を使い、二週間かけて手で織り進めます。
- この直後に神嘗祭が始まります。 神宮の一年でもっとも重い祭りの前に、装いを整える日が挟まっています。
松阪の二社は、参拝できるのか
できます。三重県松阪市にある神服織機殿神社(かんはたおりはたどのじんじゃ)と神麻続機殿神社(かんおみはたどのじんじゃ)は、どちらも内宮の所管社です。所管社とは、正宮や別宮が管理する小さな社を指します。
絹である和妙(にぎたえ)を織るのが神服織機殿神社、麻である荒妙(あらたえ)を織るのが神麻続機殿神社です。社名のオミは麻に関わる古い職名で、名前そのものが担う布の種類を示しています。
伊勢の市街からは離れた田のなかにあり、参拝者の少ない静かな社です。内宮の賑わいとは正反対の場所に祭りの半分がある、と考えると足を運ぶ理由が立ちます。ただし奉織の作業そのものは非公開で、境内からは見学できません。
十月一日から十三日までの二週間
十月一日に神御衣奉織始祭(かんみそほうしょくはじめさい)が行われます。清らかに、美しく織り上がるようにと祈る祭りです。ここから織りに入り、十三日に神御衣奉織鎮謝祭(かんみそほうしょくちんしゃさい)を行って作業を締めます。翌十四日、内宮へ運ばれて奉られる、という流れです。
それぞれの境内には、八尋殿(やひろでん)と呼ばれる建物が置かれています。ヤヒロは長さを表す古い言い方で、広い建物という意味です。ここが機を据える場所で、御衣を織る作業はこの建物の内で行われます。
祭りの日付だけを見ると一日の行事に見えますが、実際には半月にわたって人が通い、糸を通し続けています。神宮の年中行事のうちで、これほど長く手仕事が続くものは多くありません。
神嘗祭が始まる直前に置かれている
秋の神御衣祭は、暦のうえで大切な位置にあります。その年の初穂を天照大御神へ捧げる神嘗祭が、この直後に始まるのです。
衣を新しくしてから、新穀を差し出す。迎える支度を整えてから本番に入る、という順番です。春の神御衣祭が衣替えの時期に置かれているのに対して、秋のほうは大祭の前触れという役割も帯びています。
冷える前にやっておく5つのこと
秋の衣替えは、春よりも急ぎ足になりがちです。朝が冷えてから慌てて出すと、その年に着るものが去年のままになります。
- 冬物のうち、傷んでいるものを先に見つけます。 着る直前に気づくと、その一枚を落とすことになります。
- 肌に直接触れるものから順に新しくします。 肌着、靴下、寝るときに着るもの。人には見えない層が、体温を守る役目のほとんどを担っています。
- 布団や毛布を出して、日に当てます。 一日早めるだけで寝つきが変わります。
- 手縫いで直せる小さなほつれを繕います。 十分で済むものが、たいてい数枚あります。
- 家の中で交わす言葉を、少しやわらかくします。 冷えてくる時期は、言い方まで硬くなりがちです。
反物のまま神に奉る祭りの手つきには、仕立て過ぎないという含みがあります。そこは自分の暮らしにも移せる部分でしょう。
機を織るという行いが背負ったもの
なぜ布を織ることが、これほど丁寧に扱われるのか。日本書紀に伝わる話が背景にあります。
天照大御神が斎服殿(いみはたどの)で神の衣を織らせていたところ、素戔嗚尊が屋根を破って斑駒、つまりまだら模様の馬を投げ入れ、機織りの女が驚いて命を落としたという場面です。これが天照大御神の岩戸隠れにつながり、世が闇に包まれます。
つまり機を織る場は、神話のなかで最も静けさを要する場所として描かれています。そこを乱されたことが、日の光を失う引き金になった、という筋立てです。伊勢神宮がこの祭りを高天原の古事にちなむと説明するのは、この物語を指しています。
織ることは、ばらばらの糸を交差させて一枚の面にする作業です。 壊すのは一瞬で、直すには時間がかかる。神話の側の扱いも、その性質をそのまま映しているように読めます。
春の同じ祭りは神御衣祭、この直後に始まる大祭は神嘗祭で扱っています。
暮らしの中で試すなら
冬物を広げたら、今年も着たい一枚を先に選び、袖口やボタンを見てみましょう。小さなほつれなら、直すための糸をそろえ、作業する日まで決めておきます。自分で扱いにくい箇所は、直しを頼む先を探すところまででも構いません。布を織る時間に思いを向けると、買い替える前の手入れにも目が向きます。
よくある質問
Q. 機殿の二社は、いつ参るのがいいですか
奉織の期間中は関係者が出入りしているため、静かに参りたい人はその前後がよいでしょう。ふだんは訪れる人の少ない社なので、時間の制約はほとんどありません。伊勢の中心部からは離れているので、行き方を先に調べておくと迷いません。
Q. 織り手として加わることはできますか
奉仕するのは、この役を受け継いできた地元の人たちです。外から申し込んで加われるものではありません。ただし機殿の祭りに参列できる日が案内されることもあるので、気になる人は神宮の祭典日程を確かめてみてください。
Q. 春と秋で、織る布の種類は変わりますか
変わりません。どちらも絹の和妙と麻の荒妙を、同じ二社が受け持ち、違うのは暦のうえの位置で、秋のほうは神嘗祭の直前という重い場所にあたります。
出典
- 伊勢神宮による神御衣祭および神御衣奉織始祭の案内
- 神服織機殿神社・神麻続機殿神社に関する伊勢神宮の解説
- 日本書紀にみえる斎服殿と天の岩戸の記述