
習いたいものがあるのに、通い始める日が決まらないまま何か月も過ぎていないでしょうか。
不成就日に控えるものとされてきた行いを並べると、婚礼、開店、移転、契約、名づけ、そして稽古始めが出てきます。一方の巳の日が受け持つのは、弁財天にまつわる芸事や弁舌、学問のほうです。
片方が勧めている領域と、もう片方が手を止めるように言っている領域が、ここでは同じ場所を指しています。 ほかの取り合わせが別々の話をしているのに対して、この二つだけは一点で正面から向かい合っています。
巳の日と不成就日が並ぶ日でわかる3つのこと
- 稽古始めは、もともと儀式の名前でした。 師のもとへ挨拶に出向き、月謝を納め、弟子として名を連ねる。人と金銭が動く行事です。
- 控えるように言われているのは初日の手続きです。 手を動かすこと自体は、もともと対象に入っていません。
- 続きに戻る日として使えます。 新しく始めない代わりに、止まっているものを途中から動かす日にあてられます。
稽古始めが、婚礼や契約と同じ列に並ぶ
稽古始めという言葉が控える項目に入っているのは、少し意外に見えます。誰かに迷惑がかかる行いでもなく、金額の大きい決断でもありません。
これは、稽古始めがもともと儀式だったことと関わりがあるようです。芸事を習い始めるときには、師のもとへ挨拶に出向き、月謝を納め、弟子として名を連ねる、という段取りがありました。稽古始めは練習という作業ではなく、そういう行事の名前だったのです。 だから婚礼や開店と同じ列に置かれています。
そう読むと、この重なりの受け取り方はおのずと決まってきます。
初日をこしらえず、途中から入る4つのこと
- 止まっている練習を、前回終えたところから十分だけ動かします。
- 教室を探すのはやめて、いま手元にある道具の手入れをします。
- 覚えかけたまま放っている一曲、一文、一手を、思い出すだけ試します。
- できるようになったことを三つ書き出して、日付を添えておきます。
最後の項目は地味ですが、この日にはよく馴染みます。稽古の成果は自分では見えにくく、記録がないと進んでいないように感じます。始めない日にできることとして、数え直しはずいぶん役に立ちます。
練習の再開場所を、道具と一緒に残す
久しぶりに楽器へ触れるなら、前に練習した曲の短い部分だけを選びます。終わったら、次に始める箇所へしおりを挟み、道具を片づける前に手入れをする。次回の入り口まで用意しておけば、今日の十分が一度きりで終わりにくくなります。
語学なら覚えかけの一文を声に出し、言いにくかった箇所だけ印をつける方法もあります。「始めた日」を決めるより、前回からつながったところを記録する過ごし方です。
言葉の神と、言い出さない日
もとの表記に使われていたのは才のほうで、受け持っていたのは水と、そこから広がる音楽や言葉や学問です。声を使うことがこの神の領分に入っているので、巳の日には言いにくい一言を口に出す使い方が勧められてきました。
ただ、事を起こすのに向かないとされる注記が乗った日なら、その一言を明日へ送っても構いません。言うと決めているなら、言う内容だけを紙に書いておく。 相手の反応まで想像しながら書くと、たいてい文章は短くなります。短くなった分だけ、口に出しやすくなるものです。
よくある質問
Q. 習い事の体験レッスンに行く日にしてもよいですか
申し込みや月謝の支払いをともなわない見学なら、控えるとされてきた手続きには当たりません。気になるなら、その場で入会を決めずに持ち帰ると落ち着きます。
Q. 弁財天の社へ参拝してもよいですか
縁日の参拝は日付が先に決まっている行事なので、そのまま出かけて差し支えありません。願を掛けるより、いつもの礼を述べる形にすると、この日の性格には合います。
Q. 巳の日と不成就日は、どれくらいの割で重なりますか
年ごとに回数が変わります。八日ずつ数える注記は旧暦の月替わりで起点を引き直すので、十二日周期の十二支と足並みがそろわないためです。
出典
- 不成就日に控えるものとされた行いの一覧を載せた暦書の記載
- 弁才天および弁財天信仰に関する一般的な説明