
五月の連休のころ、店先に「新茶」の札が増えるのを見かけたことはありませんか。
八十八夜は、立春を一日目として八十八日目にあたる日です。五月の初め、ちょうど大型連休の頃に来ます。二十四節気の多くが太陽の位置で決まるのに対して、この日は指を折って数えるだけで決まります。
数え方がやさしいぶん、意味は二つに分かれます。ひとつはお茶の日として。もうひとつは、遅霜への警戒がここで解ける日として。晴れやかな面と、緊張の終わりを告げる面の両方を持った暦の日です。
八十八夜がわかる3つのこと
- 五月二日ごろに来ます。 立春から数えて八十八日目、という決め方です。
- 一番茶の摘み取りがこの時期に集まります。 新茶が店に出そろうころです。
- 「別れ霜」の目安でもあります。 ここを過ぎれば霜はもう降りない、という見立てです。
新茶を、いちばんおいしく飲む
一番茶と、そのあと初夏に摘む二番茶とでは、味がはっきり違います。冬を越した新芽は渋みが少なく、旨みの成分が多いとされ、値段もそれなりです。八十八夜が特別扱いされてきた背景には、この品質の差を人が舌で知っていたという単純な事情もありそうです。
熱い湯をそのまま注ぐと、渋みばかりが出て新茶の良さが消えます。
新茶を淹れる4つの手順
- 湯をいったん湯呑みへ移して冷ます。 七十度前後まで下がります。
- 茶葉は一人あたり二グラムほど。 少なめだと香りが立ちません。
- 一分ほど待ってから、少しずつ注ぎ分ける。 濃さが揃います。
- 最後の一滴まで注ぎきる。 残すと二煎目が渋くなります。
いつもより少し良い茶葉を買い、湯を冷ましてから淹れてみる。それだけで、季節が変わる場所に立ち会えます。
別れ霜。ここまでは油断できない
農作業の側から見ると、この日は霜との別れの目印です。「八十八夜の別れ霜」という言い方があり、忘れ霜、霜の果とも呼ばれます。
言い換えれば、この日までは油断できないという警告でもあります。遅霜は若い芽を一晩で傷めます。茶も苗も、ここを越えるまでは守りが必要でした。歌の明るい印象とは裏腹に、この暦の日は緊張の終わりを告げる合図として使われてきたわけです。
遅霜から苗を守る3つ
- 植え付けは、地域の遅霜の記録を見てから決める。 標高の高い土地では五月半ばを過ぎても降ります。
- 冷える予報の夜だけ、鉢を軒下へ寄せる。 空の開けた場所ほど冷えます。
- 不織布を一枚かけておく。 苗にとっては数度ぶんの差になります。
八十八夜はあくまで平地の目安です。園芸で苗を外へ出すなら、住んでいる場所の記録を一度確かめておくと安心です。
借り物の暦に、日本が足したもの
八十八夜のような暦の日は、まとめて雑節と呼ばれます。二十四節気が中国で生まれた仕組みであるのに対し、雑節は日本の気候と農作業に合わせて後から加えられたものです。土用、彼岸、入梅、二百十日なども同じ仲間にあたります。
二十四節気をそのまま使うと、日本の農作業には合わない部分が出ます。基準になった土地の気候が違うのだから当然です。とくに困るのが、梅雨や台風のように日本には切実で、大陸の暦には項目のない現象でした。
そこで、立春から日を数える方式が使われました。八十八日目、二百十日目というふうに、誰でも数えられる形で作業の適期や危険な時期を示す。太陽の運行を計算できる暦学者がいなくても回せる、実用本位の仕組みです。八十八夜が「夜」と数えられているのも、日中の作業ではなく夜の冷え込みを警戒する必要があったことと関係しているとされます。
「夏も近づく八十八夜」の歌
この日の知名度を支えているのは、文部省唱歌の「茶摘」です。明治期の尋常小学唱歌に収められ、いまも小学校で歌われています。夏も近づく八十八夜と歌い出し、野にも山にも若葉が茂る景色から茶摘みの情景へ移っていく歌詞です。
歌のおかげで、八十八夜はお茶の日として広く知られるようになりました。この時季の新茶を飲むと病気をしないで長生きできる、という言い伝えも各地にあります。縁起の話ではありますが、年に一度の新茶を楽しむ口実としては悪くありません。
八と十と八を、重ねてみると
「八十八」の三文字を縦に重ねると「米」の字になります。この語呂合わせから、八十八夜は米づくりの吉日とされ、種もみを浸す作業をこの日に合わせる地域もありました。八の字は末広がりで縁起がよいとされることもあり、二重に好まれた数字です。
暦の日付が漢字の形から意味を得るというのは、いかにも文字の文化らしい発想です。天文の計算とも農作業の実態とも別のところから、この日には縁起が足されました。
暮らしの中で試すなら
一煎目を飲んだら、香り、渋み、飲み終えたあとの感じを一言ずつ残してみましょう。次に淹れるときは、茶葉の袋にある案内を見ながら、湯を冷ます時間など一つだけ変えてみます。いくつも同時に変えないほうが、自分の好きな味を探しやすくなります。新茶を楽しむ日は、立派な道具より一杯に向き合う時間を用意してみてください。
よくある質問
Q. 八十八夜はいつですか
五月二日ごろです。立春から数えて八十八日目にあたり、立春の日付が動く年には八十八夜も一日ずれます。
Q. なぜ「夜」と数えるのですか
夜の冷え込みを警戒する必要があったためとされます。遅霜は夜のあいだに降りるので、日数ではなく夜数として数えたという説明が広く伝わっています。
Q. 八十八夜の新茶でないと意味がありませんか
そういう決まりはありません。産地によって摘み取りの時期はずれます。八十八夜はあくまで一番茶が出そろう目安で、その年の新茶であれば十分です。
出典
- 国立天文台 暦計算室「暦Wiki」における雑節の説明
- 尋常小学唱歌「茶摘」(文部省唱歌)
- 遅霜と茶の栽培に関する各産地の記録