
行きたい社が遠くて、いつも予定が立たないままになっていないでしょうか。
片方は寺社が使ってきた暦、もう片方は暮らしのなかで広まった暦です。巳の日は弁財天の縁日として扱われ、社寺によっては祈祷や開帳の日にあてられます。決めているのは向こう側で、こちらの都合は入りません。
大安のほうは逆で、人と予定を合わせるために使われてきた目印です。年に数回、この二つが同じ日に来ます。遠出のいる参拝を予定に組み込むという一点で、この偶然はよく働きます。
巳の日と大安が並ぶ日でわかる3つのこと
- 縁日は、向こう側が決めた日付です。 十二支の巡りで来るので、こちらの休みには合わせてくれません。
- 大安は、人に説明しやすい日付です。 休みを申し出るときも、同行者を誘うときも、理由が短く済みます。
- 行けない年のほうが多いはずです。 家でできることに置き換えても、この日の性格は損なわれません。
縁日は、行くほうにも支度がいる
弁財天をまつる社は、島や池の中島、水辺に多く置かれています。江ノ島、竹生島、厳島。名前の挙がる場所を思い浮かべると、どれも思い立って寄れる距離ではありません。
つまり縁日の参拝は、当日の思いつきでは動きにくい行事です。移動の時間を確保して、誰かと約束して、場合によっては休みを申し出る必要があります。ここに大安が乗ると、その段取りが少し軽くなります。
縁日と六曜は本来まったく別の系統から来ていて、揃うのは偶然にすぎません。それでも、支度のいる用事を予定表に載せる場面では、この偶然が役に立ちます。
行き帰りを含めて、同行者へ相談する
遠出の参拝を考えるなら、現地に着く時刻だけでなく、帰りの移動と休憩も含めて予定を出します。「この日に行きたいけれど、歩く距離や帰宅時刻は大丈夫か」と聞くと、日取りの好みだけでは見えなかった条件がわかります。参拝の受付や交通の案内は、日程を決める前にそれぞれの公式案内で確かめておきましょう。
値づけと受け取りを、人に持ち出す
この神が受け持ってきたのは、水から広がる音楽、弁舌、学問です。財の字は後から重なった層で、古くは才の字が使われました。才の側から使うなら、自分の持ち物のうち人に渡せるものを見る日になります。
そして大安は、相手のいる話を持ち出すための日です。二つを合わせると、こんな使い方が出てきます。
人に持ち出す4つのこと
- 報酬や謝礼の額を、遠慮せずに正規の数字で伝えます。
- 引き受けている仕事のうち、無償のまま続いているものを一つ相談します。
- 断りたい依頼を断って、代わりに得意な仕事を引き受けます。
- しばらく間の空いている相手へ、文字ではなく電話で用件を伝えます。
褒め言葉を打ち消す、謝礼を辞退する、値段を低めに言う。どれも作法としては通りますが、続けているうちに、渡すばかりで受け取らない形が固まってしまいます。弁舌の神が控えている日だと思えば、言い出す踏ん切りもつきやすくなります。
参拝しない日の過ごし方
家でできることに置き換えても構いません。財布の小銭を数えて、いくらか賽銭か募金に分ける。止めている練習を十分だけ再開する。水の神をめぐる話には、留めることより巡らせることを勧める言い方が多く残っています。手元から出す動作を一つ入れておくと、頭の中だけの話で終わりません。
よくある質問
Q. 遠くの弁財天まで、この日に行くべきでしょうか
行ける年は気持ちのよい一日になりますが、無理に日程を合わせなくても構いません。巳の日そのものは月に二、三度あるので、参拝だけなら別の日に回せます。
Q. 縁日と六曜は、どこが違うのですか
縁日は神仏とその日の結びつきから決まり、六曜は旧暦の日付から割り算で出ます。片方は信仰の側、もう片方は日付の計算の側から来ています。
Q. 六曜を気にしない相手と予定を合わせるときは
六曜を用いない宗派もあり、扱いは一様ではありません。相手のある予定では、日取りの理由を押しつけずに確かめながら決めると、角が立たずに進みます。
出典
- 弁財天をまつる社寺の縁日についての一般的な説明
- 六曜の扱いをめぐる宗派ごとの見解に関する解説